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-数学- ラマヌジャンの円周率公式証明の仕組みを調べる

ラマヌジャンの円周率公式のひとつである

$$\frac{16}{\pi}=\sum_{k=0}^{\infty }{\frac{\left(42\,k+5\right)\,A_{k}}{2^{6\,k}}}\, ただし A_k=\frac{\left(\frac12\right)_k^3}{k!^3}$$

の証明を調べてMaximaで式変形を追いながら理解することができました。2021年10月21日に書いた記事

から始まるこの1年間の数学の記事は全てこの証明に関係した記事になっています。

 

 

参考文献としては以下の3つを参照しました。

メインは平田典子氏の「数理科学2020年8月号」の記事「ラマヌジャンと円周率近似公式」です。証明の全体の流れを日本語で把握できたのは貴重でした。

また楕円積分・超幾何関数・アイゼンシュタイン級数の部分に関してはBruce Berndtさんの本Number Theory in the Spirit of Ramanujan (Student Mathematical Library)を参照しました。これらの細かい式変形が説明されているので助かりました。

最後にNAYANDEEP DEKA BARUAHさんとBRUCE C. BERNDTの共著の論文"EISENSTEIN SERIES AND RAMANUJAN-TYPE SERIES FOR 1/π"です。この論文ではラマヌジャン形の円周率公式を証明するための枠組みを示し、上記式及び類似の多数の円周率公式を証明しています。この論文と平田さんの記事の証明を対応させながら証明を理解することができました。

 

証明の全体の流れについてはぜひ平田さんやNayandeepさんを参照してください。ここではごく大まかな流れを示すにとどめます。

証明の5つのステップ

  1. 楕円積分ガウス超幾何関数の関係式$$ \int_{0}^{\frac{\pi}{2}}{\frac{1}{\sqrt{1-k^2\,\sin ^2\vartheta}}\;d\vartheta}=\frac{\pi\,{}_2F_1\left( \left. \begin{array}{c}\frac{1}{2},\;\frac{1}{2}\\1\end{array} \right |,k^2\right)}{2}$$
    を証明する。
  2. テータ関数\(\varphi(q)=\sum_{n= -\infty }^{\infty }{q^{n^2}}, q=exp\left(-\pi\,\frac{{}_2 F_1\left(\frac{1}{2},\frac{1}{2};1;1-x\right)}{{}_2 F_1\left(\frac{1}{2},\frac{1}{2};1;x\right)}\right)\)と超幾何関数の関係式$$\varphi\left(q\right)^2={}_2 F_1\left(\frac{1}{2},\frac{1}{2};1;x\right)$$を証明する。
  3. 超幾何微分方程式およびそこから導かれるクローゼンの公式$$_{2}F_1\left(a,b;a+b+\frac12;x\right)^2= {}_3F_2\left(2\,a,2\,b,a+b;2\,a+2\,b,a+b+\frac12;x\right) $$及びその特殊な場合である$$_{2}F_1\left(\frac12,\frac12;1;x\right)^2= {}_3F_2\left(\frac12,\frac12,\frac12;1,1;4\,x\,(1-x)\right) $$を証明する。
  4. \( P(q)=1-24\,\sum_{n=1}^{\infty}\frac{n\,q^n}{1-q^n} \)としてアイゼンシュタイン級数の変換公式$$ P(q^2)=(1-2\,x)\,z^2 + 6\,x\,(1-x)\,z\,\frac{dz}{dx}$$及び$$P\left(e^ {- 2\,\pi\,\sqrt{n} }\right)=\left(1-2\,x_{n}\right)\,\sum_{k=0}^{\infty }{\left(3\,k+1\right)\,A_{k}\,X_{n}^{k}},  ただしX_n=4\,x_n\,(1-x_n)$$を証明する。
  5. \(n\)を適当な整数(平田さんの例では\(n=7\))に固定して、なんらかの手段で\( P\left(e^ {- 2\,\pi\,\sqrt{n} }\right) \)及び\(x_n\)を具体的な値として求めて代入すると\(\pi\)の公式が求まる。

 

Nayandeepさんの論文で示された枠組みではステップ4の2つ目の式の類似の式を7つ示しています。

問題はステップ5です。特に\(x_n\)を求めることは簡単ではありません。この値はラマヌジャンのSingular Moduliと呼ばれていて、モジュラー等式と呼ばれる理論を使って\(n=2,3,4,5,7\cdots\)についてこの値を求めます。実際ラマヌジャンのノートブックには大量の\(n\)の値についてSingular Moduliが求められています。平田さんの記事でもNayandeepさんの論文でもSingular moduliについてはラマヌジャンの求めた値をそのまま使っているようです。

またステップ5では\( P\left(e^ {- 2\,\pi\,\sqrt{n} }\right) \)を求めます。これは要はアイゼンシュタイン級数の特殊値を計算していると考えられます。ここについてはNayandeepさんの論文では個々の値について求め方が載っています。

 

約一年にわたって掲載してきたシリーズもこれが最終回です。振り返ってみると2020年4月に、

maxima.hatenablog.jp

という記事を書いて初めてラマヌジャンの円周率公式に触れました。その時にはここに登場した\(\frac{1}{\pi}\)の式の証明をぜひ知りたいものだと思いましたが、自分の力で理解できるのは相当大変だろうとも思いました。その後良い参考文献を見つけることができて、証明の概要を理解できるところまできました。

ラマヌジャンのモジュラー等式及びそれを用いたSingular moduliについてはまた別の世界が広がっているようですので、理解できたらここで紹介したいと思います。