Maxima で綴る数学の旅

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-数学- 円分多項式の係数は-1,1,0だけではありません

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以前、せきゅーんさんのブログ記事で、円分多項式の係数の話がありました。

105:円分多項式の係数と鈴木の定理 - INTEGERS

円分多項式の係数を計算してみるととても明らかな規則性(係数はどれも0,1,-1のどれか)と思われるものが見えるのですが、実はその規則性は間違っているのです。鈴木の定理では、反例を1つ示すのではなく、円分多項式の係数の取る値の範囲を示しています。ちなみに反例はこの記事の最後の方でも計算しています。

上記記事では、このとても面白い鈴木の定理が、たった1ページで証明されている、と書いてあり、いつか証明を読んでみたいと思いつつ、時間が経過してしまいました。また上記の記事も現在は非公開になっています。

 

最近、またこの時の気持ちを思い出し、鈴木氏の論文をネット上で見つけて、その証明を読んでみました。1ページとはいえ素数分布の話(証明に素数定理が使われているし!)や\(mod\, X^p\)での多項式の変形など、ちょっと見慣れないところは行間を埋めながら読み、なんとか理解出来た気がしています。

 

そこでその辺の話を数回の記事にまとめていく予定です。

 

今回は、円分多項式とは何で、何が面白いのか、及び鈴木氏の論文の主張を紹介します。

 

nを自然数として1の原始n乗根(n乗して初めて1になる複素数)を全て根に持つ多項式をn次円分多項式と呼び、記号\(\Phi_{n}(X)\)で表します。定義から明らかに

$$\Phi_{1}(X)=X-1$$ $$\Phi_{2}(X)=X+1$$

は分かりますね。1のn乗根が1の原始n乗根になる条件をじっと考えると、

$$\Phi_{n}(X)=\prod_{1\le k\le n \, gcd(k,n)=1}^{}{(X-e^{\frac{2\,\pi\,i\,k}{n}})}$$

となることが分かります。通常は上記の式がn次円分多項式の定義です。これをメビウスの反転公式という公式を使って変形すると、

$$\Phi_{n}(X)=\prod_{d|n}^{}{(1-X^{n/d})^{\mu(d)}}$$

ただし、\(\mu(d)\)はメビウス関数と呼ばれる関数で、自然数\(d\)に対して定義されて、dが相異なる偶数個の素数の積ならば\(\mu(d)=1\)、相異なる奇数個の素数の積ならば\(\mu(d)=-1\)、そうでなければ(dが平方因子を持てば)\(\mu(d)=0\)です。メビウス関数はMaximaではmoebius()という関数で組み込まれています。

もう1つ、ちょっと便利な関数divproduct(f(d),d,N)を定義しておきます。これはdがNの全ての約数を走りf(d)の積を作ります。

(%i??) divproduct(e,var,numN)::=
if numberp(numN) or numberp(ev(numN)) then
  buildq([e:e,v:var,numN:(if numberp(numN) then numN else ev(numN))],
    block([res:1],
      for d in listify(divisors(numN)) do
        block([ ],res:e*res),return(res)))
else
  buildq([e:e,v:var,numN:numN],apply(nounify(divproduct),['e,'v,numN]))$

(%i126) divproduct(f(d),d,10);

$$ \tag{${\it \%o}_{126}$}f\left(1\right)\,f\left(2\right)\,f\left(5\right)\,f\left(10\right) $$

ここまでくると具体的に円分多項式Maximaで定義して計算できますからやってみましょう。

(%i113) CP[n](X):=divproduct( (1-X^(n/d))^moebius(d),d,n);

$$ \tag{${\it \%o}_{113}$}{\it CP}_{n}(X):={\it divproduct}\left(\left(1-X^{\frac{n}{d}}\right)^{{\it moebius}\left(d\right)} , d , n\right) $$

まず1次から5次までの円分多項式はこんなふうになります。

(%i115) Phi[1](X)=CP[1](X);

$$ \tag{${\it \%o}_{115}$}\Phi_{1}(X)=1-X $$
(%i116) Phi[n](X)=CP[n](X),n:2,factor;

$$ \tag{${\it \%o}_{116}$}\Phi_{2}(X)=X+1 $$
(%i117) Phi[n](X)=CP[n](X),n:3,factor;

$$ \tag{${\it \%o}_{117}$}\Phi_{3}(X)=X^2+X+1 $$
(%i118) Phi[n](X)=CP[n](X),n:4,factor;

$$ \tag{${\it \%o}_{118}$}\Phi_{4}(X)=X^2+1 $$
(%i119) Phi[n](X)=CP[n](X),n:5,factor;

$$ \tag{${\it \%o}_{119}$}\Phi_{5}(X)=X^4+X^3+X^2+X+1 $$

係数を見ると0, 1, -1のどれかですね。この計算をずっと続けると係数はずっとこんな感じです。少し途中を飛ばして、100次から105次の円分多項式を計算してみましょう。

(%i120) Phi[n](X)=CP[n](X),n:100,factor;

$$ \tag{${\it \%o}_{120}$}\Phi_{100}(X)=X^{40}-X^{30}+X^{20}-X^{10}+1 $$

(%i121) Phi[n](X)=CP[n](X),n:101,factor;

$$ \tag{${\it \%o}_{121}$}\Phi_{101}(X)=X^{100}+X^{99}+X^{98}+X^{97}+X^{96}+X^{95}+X^{94}+X^{93}+X^{92}+X^{91}+X^{90}+X^{89}+X^{88}+X^{87}+X^{86}+X^{85}+X^{84}+X^{83}+X^{82}+X^{81}+X^{80}+X^{79}+X^{78}+X^{77}+X^{76}+X^{75}+X^{74}+X^{73}+X^{72}+X^{71}+X^{70}+X^{69}+X^{68}+X^{67}+X^{66}+X^{65}+X^{64}+X^{63}+X^{62}+X^{61}+X^{60}+X^{59}+X^{58}+X^{57}+X^{56}+X^{55}+X^{54}+X^{53}+X^{52}+X^{51}+X^{50}+X^{49}+X^{48}+X^{47}+X^{46}+X^{45}+X^{44}+X^{43}+X^{42}+X^{41}+X^{40}+X^{39}+X^{38}+X^{37}+X^{36}+X^{35}+X^{34}+X^{33}+X^{32}+X^{31}+X^{30}+X^{29}+X^{28}+X^{27}+X^{26}+X^{25}+X^{24}+X^{23}+X^{22}+X^{21}+X^{20}+X^{19}+X^{18}+X^{17}+X^{16}+X^{15}+X^{14}+X^{13}+X^{12}+X^{11}+X^{10}+X^9+X^8+X^7+X^6+X^5+X^4+X^3+X^2+X+1 $$
(%i122) Phi[n](X)=CP[n](X),n:102,factor;

$$ \tag{${\it \%o}_{122}$}\Phi_{102}(X)=X^{32}+X^{31}-X^{29}-X^{28}+X^{26}+X^{25}-X^{23}-X^{22}+X^{20}+X^{19}-X^{17}-X^{16}-X^{15}+X^{13}+X^{12}-X^{10}-X^9+X^7+X^6-X^4-X^3+X+1 $$
(%i123) Phi[n](X)=CP[n](X),n:103,factor;

$$ \tag{${\it \%o}_{123}$}\Phi_{103}(X)=X^{102}+X^{101}+X^{100}+X^{99}+X^{98}+X^{97}+X^{96}+X^{95}+X^{94}+X^{93}+X^{92}+X^{91}+X^{90}+X^{89}+X^{88}+X^{87}+X^{86}+X^{85}+X^{84}+X^{83}+X^{82}+X^{81}+X^{80}+X^{79}+X^{78}+X^{77}+X^{76}+X^{75}+X^{74}+X^{73}+X^{72}+X^{71}+X^{70}+X^{69}+X^{68}+X^{67}+X^{66}+X^{65}+X^{64}+X^{63}+X^{62}+X^{61}+X^{60}+X^{59}+X^{58}+X^{57}+X^{56}+X^{55}+X^{54}+X^{53}+X^{52}+X^{51}+X^{50}+X^{49}+X^{48}+X^{47}+X^{46}+X^{45}+X^{44}+X^{43}+X^{42}+X^{41}+X^{40}+X^{39}+X^{38}+X^{37}+X^{36}+X^{35}+X^{34}+X^{33}+X^{32}+X^{31}+X^{30}+X^{29}+X^{28}+X^{27}+X^{26}+X^{25}+X^{24}+X^{23}+X^{22}+X^{21}+X^{20}+X^{19}+X^{18}+X^{17}+X^{16}+X^{15}+X^{14}+X^{13}+X^{12}+X^{11}+X^{10}+X^9+X^8+X^7+X^6+X^5+X^4+X^3+X^2+X+1 $$
(%i124) Phi[n](X)=CP[n](X),n:104,factor;

$$ \tag{${\it \%o}_{124}$}\Phi_{104}(X)=X^{48}-X^{44}+X^{40}-X^{36}+X^{32}-X^{28}+X^{24}-X^{20}+X^{16}-X^{12}+X^8-X^4+1 $$

こんなに計算しても係数は0,1,-1のどれかです。どんなに計算しても係数はこの3つのどれかだ、と予想したくなりますよね。しかし!

 

(%i125) Phi[n](X)=CP[n](X),n:105,factor;

$$ \tag{${\it \%o}_{125}$}\Phi_{105}(X)=X^{48}+X^{47}+X^{46}-X^{43}-X^{42}-2\,X^{41}-X^{40}-X^{39}+X^{36}+X^{35}+X^{34}+X^{33}+X^{32}+X^{31}-X^{28}-X^{26}-X^{24}-X^{22}-X^{20}+X^{17}+X^{16}+X^{15}+X^{14}+X^{13}+X^{12}-X^9-X^8-2\,X^7-X^6-X^5+X^2+X+1 $$

105次円分多項式で異変が起きていることが分かりますか?41次と7次の項の係数が-2になっています! 予想には反例がありました!

 

こうなると逆に、次数を105よりももっとあげると-3, -4,,,などひょっとすると2や3も係数に登場するのでしょうか。それに答えるのが、鈴木の定理です。

鈴木の定理:nを自然数として、n次円分多項式の係数はnを大きくすれば全ての整数が現れる。

なんと、係数が0,1,-1なのは次数が低い時の特殊な事情であり、nが大きくなるとどんな整数でも係数に登場する、というのですから驚きです。しかも証明にはあの有名な素数定理が使われますし、そもそも証明が非常に短く1ページで収まるのです。ワクワクしますよね。

 

次回は、少しだけ円分多項式の性質を述べてから、鈴木氏の証明を追ってみます。次次回以降では、鈴木氏の証明の、私にとって難しかった部分を説明していく予定です。