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-数学- 円分多項式の係数に関する鈴木治郎氏の論文を読む

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今回は鈴木治郎氏の次の論文の紹介です。

Jiro Suzuki, On Coefficients of Cyclotomic Polynomials, Proceedings of Japan Academy Series A, 63, 1987

この論文はPDFがProject Euclidで公開されています。

 

Xを変数とするn次円分多項式の\(X^i\)の係数を\(c_{i}^{(n)}\)で表すことにします。

$$\Phi_{n}(X)=\prod_{d|n}^{}{(1-X^{n/d})^{\mu(d)}}=\sum_{i=0}^{\phi(n)}{c_{i}^{(n)}\,X^i}$$ 

ここで\(\mu(d)\)は前回紹介したメビウス関数、\(\phi(n)\)はオイラーのトーシェント関数でn以下のnと互いに素な自然数の個数です。

ここでは証明しませんが、n次円分多項式多項式としての次数は\(\phi(n)\)です。また係数\(c_{i}^{(n)}\)は整数になります。

この設定で、鈴木の定理は次のように述べられます。

鈴木の定理:\(Z\)を整数の集合として、任意の整数\(s \in Z\)に対して\(c_{i}^{(n)}=s\)となる\(n,\,i\)が存在します。

\(C\)を、\(n=1,2,3,\cdots\)とnを動かした時の\(c_{i}^{(n)}\)のとる範囲とすると、\(C=Z\)となる、という主張になります。例えば、\(c_{1}^{(1)}=-1\)、\(c_{1}^{(4)}=0\)、\(c_{1}^{(2)}=1\)なので、\(C \supset \{-1,\, 0,\, 1\}\)は明らかです。またnが素数の冪乗であれば、\(c_{i}^{(n)} \in \{0,\, 1\}\)です。また文献[1]によればnが相異なる2つの素数の積であれば\(c_{i}^{(n)} \in \{-1,\, 0,\, 1\}\)となることが示されています。文献[2]ではI. Schurによる、\(c_{i}^{(n)}\)の絶対値がいくらでも大きくなる、という主張の証明が記載されています。[2]の証明では以下の素数の分布に関する補題\((P)\)を用いています。

\((P)\) 任意の3以上の自然数\(t\)に対して、\(t\)個の異なる素数\(p_1 \lt p_2 \lt \cdots \lt p_t\)を、\(p_1 + p_2 \gt p_t\)が成り立つようにとることができます。 

文献[2]では\((P)\)の証明は与えられておらず、鈴木氏はその証明をこの論文で補っています。

\((P)\)の証明:\(t\)を3以上の自然数として固定して、その\(t\)では\((P)\)が成り立たないと仮定します。この仮定からどんな\(t\)個の異なる素数\(p_1 \lt p_2 \lt \cdots \lt p_t\)をとっても、\(p_1 + p_2 \le p_t\)すなわち\(2\,p_1 \lt p_t\)が成り立ちます。これより任意の自然数\(k\)について\(2^{k-1}\)と\(2^k\)の間の素数の個数は\(t\)個未満のはずです。従って素数個数関数\(\pi(x)\)について\(\pi(2^k)\lt k\,t\)が成り立つことになりますが、これは素数定理に矛盾します。

\(2^{k-1}\)と\(2^k\)の間の素数の個数は\(t\)個未満、\(\pi(2^k)\lt k\,t\)、それが素数定理と矛盾すること、などは、考えないとわからなかったところです。これらは次回に説明したいと思います。

 

そしていよいよ、鈴木の定理の証明です。

鈴木の定理の証明(前半):\(t\)を3以上の任意の奇数とし、素数\(p_1 \lt p_2 \lt \cdots \lt p_t\)を、\(p_1 + p_2 \gt p_t\)を満たす異なる\(t\)個の素数とします。また\(p=p_t, n=p_1\,p_2\,\cdots p_t\)とします。そして\(\Phi_n(X)\, mod X^{p+1}\)について考察します。

$$\begin{eqnarray} \Phi_n(X) &\equiv & \left(\prod_{i=1}^{t}(1-X^{p_i}) \right)/(1-X)\, mod\, X^{p+1}\\
&\equiv & (1+X+\cdots+X^p)\,(1-X^{p_1}-X^{p_2}-\cdots -X^{p_t})\, mod\, X^{p+1} \end{eqnarray}$$

これより、\(c_{p}^{(n)} =-t+1, c_{p-2}^{(n)}=-t+2\)が分かります。\(t\)が3以上の任意の奇数を取るので、\(C\supset \{s \in Z | s \le -1\}\)が導かれます。

ここまでで、I. Schurの主張は証明されていることが分かります。しかしここまでの証明にも色々と説明したいところがあります。まず\(mod\, X^{p+1}\)での計算、は何を意味するのでしょうか。ここがちゃんとわからないと合同式の計算が追えません。もう1つ、ここまでで補題\((P)\)が使われているのですが、どこで使ったのか分かりますか? 

更にもう1つ、文献[2]のSchurの主張の証明を確認すると、上記の条件を満たすnに対するn次円分多項式合同式の変形計算があるのですが、途中の式の次数が微妙に違っているのです。ただし結論は一緒です。この2つの式計算はどう同じなのでしょうか。この辺は次次回に述べたいと思います。

 

鈴木の定理の証明(後半):ところで、一般に\(m\)を正の奇数とすると、

$$ \Phi_{2\, m}(X)=\Phi_m(-X)$$

が成り立ちます。\(p_1 \ge 3\)であれば\(n=p_1\,p_2\,\cdots p_t\)は奇数ですから、そのよう条件では\(c_{p}^{(2\,n)}=t-1, c_{p-2}^{(2\,n)}=t-2\)となり、結果\(C\supset \{s \in Z | s \ge 1\}\)が言えました。また既に見たように\(C \ni 0\)ですから\(C=Z\)です。

注釈:\(|c_{i}^{(n)}| \ge 2\)となる最小のnは\(n=3\cdot 5\cdot 7=105\)です。この時\(c_{7}^{(105)}=-2\)です。

2m次とm次の円分多項式の間には上記等式の関係が成り立つのですが、これも自明のような気もするのですが、成り立つ理由を考えた部分です。ここは短いのでやってみましょう。

mを奇数としてm次の円分多項式の任意の解hの符号を反転させると-hとなります。\(h^m=1\)ですから\((-h)^m=-h^m=-1\)となり、\((-h)^{2\,m}=((-h)^m)^2=(-1)^2=1\)が分かります。またこの式変形で原子性も分かります。つまり-hは2m次円分多項式の根です。更に、mが奇数なので2とmは互いに素、\(\phi(n)\)は乗法的、\(\phi(2)=1\)から\(\phi(2\,m)=\phi(m)\)で右辺と左辺の次数は同じですから、これらが2m次円分多項式の根の全てです。これでこの関係式が成り立つことが分かりました。

 

[1] M. Beiter: The midterm coefficient of the cyclotomic polynomial Fpq(x). Amer. Math. Monthly, 71, 769-770. (1964).

[2] E. Lehmer: On the magnitude of the coefficients of the cyclotomic polynomial. Bull. Amer. Math. Soc., 4.2, 389-392 (1936).

 

次回は素数分布の部分を説明します。